Beth Ortonがスキだ。横浜のHMVにて『BEST BIT E.P.』のジャケットを一目見て手にとり、そのままレジに向かった。いわゆるジャケ買いの一種であるが一目惚れと言った方がしっくりくる。99年に渋谷クラブクアトロで見た彼女はガラス細工のようで、体の全ての部品の細さに驚いた。その細い指でコードを抑え弦を弾く。そんなに激しく動かしたら壊れちゃうよ。胸の中で呟きながらドキドキしながら見守った。それだけで十分だった。そしてその口から紡ぎ出される声。僕は彼女の声に奥行きを感じる。空間を感じる。イメージすることを促される。それは僕の想像力不足のせいで、着色はされていない。全体的にモノクロームの世界。そんな何かが脳の中に浮かぶ。残念なことに僕の英語のヒアリング能力は皆無に近い。お陰で歌詞に込められたイメージに限定されず、その音のみから自分の好き勝手に想像を膨らませることができる。Bethが例え甘ったるいラブソングを歌っていても、僕の脳には意味不明のモノクロのイメージだけがある。想像の世界は無限だが僕の想像力ではその程度。でも彼女の歌を聴いているだけで幸せだと思える自分がいる。
Cat Powerがスキだ。彼女の声もBethと同じく奥行きを感じることができる。歌のうまいひとならいっぱいいるし、努力である程度まで上達もするだろう。だが彼女達に与えられた声は単純に上手いのとは違う。僕を惹きつけて放さない。その声から気だるさ、危うさ、脆さ、影、負を感じることもあるが、なぜかそれでも心地よい。もし僕が女の子を授かったのなら、こんな子に育って欲しいと思う。
Cap Powerの来日公演が2002年年末に急遽決定。しかも会場のキャパは100人程。チケットもなく、会場となるお店かレコード会社に直接電話で予約する方式。年が明け、あっという間にLIVE当日となった。今回のLIVEには仕事の都合で行けるかどうかわからなかったので、予約はしなかった。しかし結局LIVE当日のこの日は定時に退社できた。電話をかけ当日券があることを確認。良かった。嬉々として下北沢に向かう。だが、予習済みの曲は『MOON PIX』の12曲と“Nude As The News”のみ。明らかに勉強不足。
茶色いストレートの長い髪。上はグレーのスウェット、下はジーンズだったか。19時を過ぎた頃現れた彼女は人を掻き分けてステージに向かう。この僕の横を通過する際にだけその姿を確認することができた。と言うのも、僕の座ってしまった位置からは他の客の後頭部はたくさん目に入るが、ステージでギターを携える彼女を見ることはできない。満員御礼で席を立つことも移動することもままならないため、その位置で我慢するしかなかった。
会場が静まり、彼女がギターを弾く。彼女が歌いだす。店の電話が鳴る。彼女が椅子をずらす音がする。咳をすることすら躊躇われるような静かな空間に不要な音とともに彼女の声とギターが僕の耳に入ってくる。CDで聴いた声より、耳にダイレクトに届く通る歌声。たまらん。彼女は僕の全く知らない曲を次から次へと間髪入れずに演奏し続ける。曲の区切りもなく、客は拍手を送るタイミングがわからない。録音している人、寝ている人、指でリズムを取ってトントンうるさい人、店の電話の音、不要な音を発する邪魔者はたくさん居たが、僕は時には目を瞑って妄想にふける。僕の5メートル程先で時折その長い髪をうざったそうにかきあげる彼女を。歌声さえ聴こえればそれで十分だった。
ギターを傍らに置いたとき、この日初めての拍手が起こる。そしてピアノの前に座り直す。僕は彼女の姿は見えないのでその動きも全て想像するしかない。ピアノは力強いフレーズとともに始まったが、照明が明るすぎるのか何度か中断する。少々ナーバスになっているようだったが、相変わらず僕の知らない曲を次から次へと演奏する。彼女の曲らしくないやけにPOPな曲調のものもあったりしたが、カバー曲も織り交ぜているんだろうと想像するしかなかった。僕は未聴であるが、彼女のアルバム『THE COVERS RECORD』がタイトルの通りカバー曲で構成されていることは知っている。その『THE COVERS RECORD』でカバーされている曲の中で僕の知っている曲はROLLING STONESの“(I Can't Get No) Satisfaction”くらい。知ってるって言ってもサビだけ。で、
‘I Can't Get No Satisfaction’
と、その姿を見ることはできないけど歌声が聴こえてくる。お、俺でもヒアリングできたよ。でも彼女が歌っているフレーズは明らかに“Satisfaction”とは別の曲。と思ったが、そうではなくやはり“Satisfaction”のようです。カバーと言うより自分のメロディで歌っててオリジナルと言ったほうがいいんじゃないだろうか。カバーであることを認識する頃にこの曲は終わった。
んで、開演から1時間を過ぎた頃だろうか。知っているぞ。これは“Back Of Your Head”のギターフレーズ。だが、僕の全然聴いたことのない歌詞を歌う彼女。アドリブなのか?カッコイイことに変わりないんだけど。やっぱ知っている曲も演奏って欲しかったのよね。その“Back Of Your Head”と同じく、アルバムでは聴けない歌いまわし、歌詞を織り交ぜ“Moonshiner”を歌い上げると、この日3回目の拍手の中、店のカウンター奥に姿を消した。1時間半弱程でいったい何曲演奏ってくれたのか確認することは不可能だったが、実に濃い時間を過ごせたと思う。知っていたのは“Back Of Your Head”と“Moonshiner”の2曲。2曲ともCDで聴けるものとは全く別の曲になっていたけど。“Nude As The News”が聴きたかったなぁ。
この次の日の公演も観に行こうと電話をしたが、予約でいっぱいとのこと。残念でした。